天の御声(みこえ)が聞こゆるか
「あげな性質じゃっで」
薄い唇から呟かれた声は誰かに向けられたものではなく、おそらくは御自身に向けたものなのだろうと思う。でなければ彼はこの類稀な狭地から脱することが出来なかっただろうから。
その言葉に、此処に集った面々は誰しもが暗く沈黙していた。霧の如く掴みようのない空虚を、そうと分かっていながら敢えて踏みしめたような諦観。
そのなかでただ一人屈強の男が、凝っと、印象的なその瞳を彼に強く向けたまま微動だにしないでいる。
持ち主の気質そのもののように整然とした部屋の、隅に置かれた手風琴がそこだけ異質なものに感じられて、私は思わず目を反らした。
天、という言葉を思う度、村田新八には西郷吉之助の顔が浮かぶのだ。
尤も、村田は西郷を(オ)先師とは捉えてはおらず、同志や友人として考えていた。しかし、西郷という巨大な思想家を自分と同列の存在とするのに一筋縄でいくはずもなく、村田は村田なりの西郷への解釈と思慕とを以って、巨人に傾斜していた。ともに過ごした年月は長く、培った関係は疑いようも無い。西郷と自分とは、極めて近い存在であると思っている。
そこへいくと大久保と自分には、思想以外の点に於いて重なるところが薄いと感じてきた。
というか大久保が他の薩人と違いすぎたのである。
敢えて言うなら、彼は飄然としていた。外見も言動も、まるで薩人とかけ離れていた。それが不気味で、早くから先師と崇められていた西郷と異なり、人を殆どと言うほど惹きつけられないでいた。村田にとって不気味だったのは、それでも大久保が顔色ひとつ変えず事を遂げたことである。村田も参加した精忠組についても、当時対峙していたお由良派の周防公(久光)に売り渡したかと誤解されるような行為を堂々とやってのけたし、その後の彼の行動にも首を捻らざるを得ないようなことが多々あったのだ。だから大久保は、精忠組の責任者であるにも関わらず暴発しそうな一部過激派の同士らに、命を狙われることもあった。しかしそれでも大久保はひとり飄々と薩摩志士らの先頭に立ち続けたのである。
志士、という表現には誤謬があるかもしれない。これは村田に限ったことではないのだが、この時代、腰に刀を帯びている者で志士でない者はひとりとしていなかった。立場の違いがあるとは言え、全員のそれぞれが志士だった。だから本来ならば薩摩人らしく兵児と言いたいところなのだが、大久保については兵児の二文字は似合わない。第一、彼は剣術が出来なかった。これも、一般的薩人の常識から大きく反れた一因であろう。
示現流には一の太刀しか無い。が、彼には二もあれば三もあった。そういうところが嫌われた。
「ふぅ」
村田はごろりと横になっていた。英吉利(イギリス)行きの船の甲板にぽつねんと頼りなく置かれた長椅子の上である。亜米利加(アメリカ)で買ったアコーディオンは甲板に置いてある。
この日、空は異常に青かった。
ただ、薩摩でみる空とは印象が違った。もくもくと群がる入道雲を遠くに眺めても、湧き上がる意気も無ければ志も生まれない。連日海に浮かぶのみの船旅にすっかり慣れ、村田の目には紺碧が単に景色としか映らないようになっていた。
――――虚無とはこういうものか。
代わり映えのしない色をみて出るものは、せいぜい欠伸ぐらいのものなのだ。
かと言って村田は外国というものが嫌いかと言う訳でもない。夷荻と蔑んでみていた彼らの国は明るく活発で、開(ひら)けていた。圧倒的な格差に、使節団員の故郷である薩摩を含む日本のすべてが惨めにみえたほどだった。亜米利加政府にまるで相手にされなかった事も、当然の帰結と言えるかもしれない。尤も、彼らの文明を丸々継承するつもりは村田には無かったが……
「ジャニー」
村田の足の方向にあった扉が開いた音がしたと思ったら、金髪緑眼の若い船員が寝転がる村田の顔を覗き込んできた。ジャニーとは、日本人に対する蔑称なのだが、村田は気にしなかった。
何だ、と体と起こすなり、船員が明るい顔で、村田に白い紙をぺらりとはたいてみせた。五線紙である。
村田はばっと腕を伸ばしてアコーディオンを拾い、脚を開いて椅子に座りなおした。集まってきた数名の船員がピュウと口笛を吹くのを聞きながら、村田は船員が手に入れた新しい曲の音符を音楽に変えていった。
船の上で、夷荻の音楽を心底楽しそうに弾くジャニー。船員たちが囃し立て、甲板にいた乗客たちは曲に合わせて手を取り合って踊りだす。そこまで来てやっと、甲板の端のレールにぼんやりと身を凭れ掛けていた大久保が振り返った。
横浜に着いた村田に訪ねるべきひとはひとりしかいなかった。
「西郷さぁ、帰りなはったと?」
唐突に聞くと大久保は一瞬、ひく、と呼吸を止めてのちに「うん」と言った。
相変わらず無愛想だったが、空気が震えたと思ったのは気の所為などではなかった。目が沈んでいる。大久保の目は常に冷たい色をしているが、それが見事に濁っていた。西郷の帰郷は大久保の願ったものではなかろうことが分かった。
「大久保さぁは、どげなさるおつもぃで」
と尋ねたが、これと言った回答は得られなかった。察するに西郷が帰郷したところで大久保の理想も主義も変わらなかったということであろう。つまり二人は既に離れているのだ。
村田の脳裏にふと、大久保と西郷のふたりが常に隣にいた頃の残像が蘇った。…否、彼らは征韓論騒動が起こる前までは、隣同士であったはずなのだ。
征韓論は、日本の志士に憑りついた妄想のようなものである。洋行した者にはそれが単なる妄想にしか過ぎないことが分かるのだが、大半の人間は征韓論こそが日本に充満する鬱憤を晴らす絶好の機会だと信じて疑わなかった。
だが西郷はどうだったか。思うに、西郷の願いは鬱憤を晴らすだとか、日本全体の志を上げるだとか言うものとは違うのではなかろうか。多くの薩摩人は(西郷に)そうあって欲しいと密かに思っていただけに征韓論をとうの西郷が推したからこれ幸いと西郷を祭り上げたところがある。西郷は彼ら維新志士の生き残り組のために命を奉げようとした印象を、村田は受けるのだ。
西郷は決して偏屈な人間ではなかった。偏屈な人間が今は亡き斉彬公の庭役を勤められるはずがなかったし、幕末の逼迫した政情を操れるはずもなかった。寧ろ西郷は恐ろしい程広く深く大きくて、だから村田が天と仰ぐのである。
天は清く、濁ることは無い。鹿児島の空の色のように濃く青く、体中に沁み込むような轟きをもたらすのが天なのである。
では東京はどうなのかと考えれば、東京の空は鹿児島に比べて浅くみえた。それは村田が人生を懸ける土地が東京ではないからだろう。おそらく西郷も同様だったに違いない。いままでにも西郷は自分の陸軍大将という身分に全く頓着せず、その辺りの野山でも歩くような身軽な格好で東京で暮らしていた。対照的に大久保は普段は殆ど洋装で、西洋化していく国家にひたすら自分を埋め込もうとしていた。大久保が東京で生きることを決意した現れだった。
それでも西郷の影は消えない。村田から西郷が意義を失うことが無いように、大久保から西郷が消えることは決して無い。
「………」
村田が大きな眼を開いて凝っと大久保をみると、彼は死んだ魚のような瞳で返してきた。生きるか否かのぎりぎりのところで何とか気張っているのが分かった。
何が彼をこうまでさせたのだろう、そう考えるたびに思い浮かぶ西郷という名の巨人。
正直なところ、村田は大久保と西郷のどちらにも付けなかった。或いは村田が桐野のような直情型の男であれば迷わず西郷についたであろう。西郷の方が薩摩人一般のあり方として即座に魂を以って理解できるからだ。
だが村田は知っているのだ。亜米利加の土を踏み、英国へ行き、そして独逸で見つけた理想の形…大久保の、新生日本の政治家として芽吹いていこうとする気概と、四十年来とも言える西郷との仲を断ち切ってまで独立しようとする姿とを…
それが正しいのかは知らない。間違ってるとも思えない。しかしそんな大久保を見、それこそが、西郷の影に隠れていた大久保が長い間目指したかった像ではないかと思った村田には、既に大久保を止めることが出来なかったのだ。そしてそれは西郷についても言えることで。
引き裂かれてゆく。
西郷も大久保も、村田の心もまた。
「村田どん」
「、」
低い声がして瞼を上げると、大久保の薄い色の瞳がこちらをみていた。
「おはんの琴が聞きたか」
「錆びれた音しか出もはん」
「聞きたか」
「……」
譲らない大久保にそっと溜息をついてゆっくり視線をずらし、村田はアコーディオンを手に取った。肩を大きく開いて、ゆったりとした大海の広がりを思い出す。村田はいったん、すぅ、と深呼吸をすると、それまでの大久保との間にあった重苦しい空気を薙ぎ払うかのような明るい曲を演奏し始めた。
曲の名は知らない。この空間に、音楽があればそれで良かった。
やがて客間から流れてきた洋風の調(しらべ)に、大久保の子供たちがぱたぱたと寄ってくるのが聞こえた。静まり返っていた村田の真正面の襖の辺りがなにやら賑やかになる。首を回した大久保が襖を開けると、示し合わせたように子供たちがころころと畳に転がってきた。
大久保は村田より年上なのだが、子らはまだ小さくて、袴から出た足をばたつかせて父親の膝に擦り寄った。外見に合わず大久保は子煩悩で、落ち着きのない子供を叱ることもなく、子供たちが村田の弾くアコーディオンの色形に目を輝かせ、異国の音色に耳を澄ませるのを微笑んで見守っている。
それがとても幸せそうで。
こんな大久保の姿を、鹿児島にいる西郷は知っているのだろうかと村田は思った。
いや、届けるのだ。
西郷がいなくなっても懸命に生きようとする彼の姿を、奏でられる軽やかなリズムに乗せて、遠い遠い、彼の天へと。
その日、空は異様に澄んでいるように村田には見えた。夜が明けて間もなくの総攻撃に控えて燃やしたアコーディオンの残骸が、あの日別れた大久保の彫りの深い顔に刻まれた懊悩に重なって、村田は目を閉じた。
村田には大久保と夜を過ごした経験が一度だけあった。大久保が鹿児島の男にとってそういう種類の、つまり衆道をする人間であることは知っていたが、村田には大久保の後ろに常に西郷が見え隠れしたために、長い間手が出せなかった。別に、大久保とそういう仲になったからと言って自分の何かが変わるわけではないと思っていたが、いざ大久保と別れると決めた瞬間、心に留めていた想いのすべてが村田を突き動かした。
『大久保さぁ、一刻、時間を賜ンせ』
子供たちが大久保の妻の満寿に呼ばれて客間を出て行ってから、村田はアコーディオンを置いて大久保に詰め寄って言った。突然の言葉に大久保は当初いぶかしんだが、俯いて畳を凝っとみつめたままの村田の様子から悟って、小さく頷いた。この時期大久保は忙しく、許される時間は僅かでしか無い。その僅かな時に、せめて自分の残像を大久保に植え付けて置きたかった。
村田は帰宅して大久保が来るのを待った。折りしも季節は春の盛りで、夜風は温く、薩摩人の割りにひ弱な大久保にも耐えられる温度だった。
すぐに大久保は来た。
月光を浴びてやって来た彼は、何かの化身のように見えた。ざぁ…と吹いた風が彼の鳶色の髪を揺らすのが幻のように儚くて、村田は大久保を抱き締めていた。
どさり、と布団に押し倒して痩せた体から服を剥ぎ取る。服の下に現れた氷の肌を早く暖めたくて、村田は一言も喋らずに大久保を抱いた。
抱かれている間、浅く息継ぎをするだけで、大久保も何も喋らなかった。
睦みの言葉は必要なかった。欲しかったのは、自分と大久保の二人きりで過ごした思い出だった。
抱いて初めて、村田は自分が本気で大久保を恋うていたのだと知った。西洋の音譜も読めないというのにアコーディオンを買ってどうしても弾きこなしたかったのは、巨大な政で精神を使い果たし痩せ細っていく大久保をせめて慰めたかったから。
この想いに気がついたのはいつだったろう。古すぎて、記憶にさえ刻まれていない頃だったか。幕末から月日は風のように過ぎ去るのみで、知らずのうちに村田も風のように在れと自らに強いていたのかも知れなかった。
そう言えば村田は今までに自分を烈しく意識したことは無かった。自分の近くに西郷があったし、遠くに大久保を臨んでいたように思う。渡欧してからは一層その傾向が強くなり、音楽に触れている間以外では、自分は村田新八という個人よりも薩摩人として存在していた。大体、薩摩人集団というものがそうだったし、一個の己を大して必要としなかった。集団の一人であれば良かった。
そんな薩摩人集団から明治後とくに大久保は離れるようになった。薩摩は大久保という人間を必要としていなかったし、大久保もまた特別に薩摩を求めることが無かった。しなかったのかもしれない。諦めて、手放すことで、廃藩置県が行われてからはもう薩摩という国は無いのだと、自らに言い聞かせていたのかもしれない。
だが薩南は確実に彼の体に流れている。いまは薩摩の血だけが、大久保をかの地に結んでいる。そして西郷は薩摩そのものであり、大久保は自らの体に常に西郷を宿しているのだ。それは村田も同じだった。
薩摩の息遣いを、西郷を、いっそのこと振り切ることが出来たら、どんなにか楽だったろう。振り切ろうと思えば振り切れるのに、それを為さぬ悲しみは、これからどこへいけばいいのか。永遠に大久保の体に留まるのだろうか。それとも、新たなる時代への灯火をひとつひとつ点けるうちに、いつしか悲しみは癒え、大久保の人生は喜びだけで満ちるとか。
西郷から離れて、果たしてこのひとは満ち足りうるか。
…分からない。
「…ぁ…!…」
激しい動きを捉えようと、大久保の尖った爪が村田の肩の肉に縋った。
白い肌が障子を透かして入る月光を吸って、鈍く光っている。薩摩生まれの癖に大久保は見た目軟弱で、瞳だけが鋭かった。西郷のように無邪気な様子をみせることが皆無だったために、人々は彼を冷徹漢と見、彼の人間らしさ――――例えば彼が父親として子らにみせる顔など――――を認めようとしなかった。あれには人として途方も無く何かが欠如しているのではないかと罵り、反動の如くに西郷を奉った。
だが村田は多くの薩摩兵児と異なり、西郷を先師とは仰いでいなかった。恐るべき天を、西郷の背に感じていた。人々が西郷に託した(オ)先師の虚像が壊れるときが薩摩の終わりであると恐れていた。
対照的に大久保にはそういう恐れはなかった。人間的恐さはあったが、大久保が政局で違えることはなかったし、身の振りがふらつきやすい西郷に比べ重たいぐらいに大久保は安定していた。ただひとつ、西郷に対する感情を除いては。
「………」
いや、西郷に対する想いまでもが安定しているのかも知れない。断ち切れないからこそ、征韓論騒動で理不尽に裂かれた西郷との関係を、違う男に抱かれるうちにも思い出して、体の奥深くに刻もうとしている。
それが無駄で無意味であるとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
まるで村田が、大久保を掻き抱くのを長いこと夢見ていたように。
「う、ん…!!」
「大久保さぁ…っ」
今宵が今生の別れである。村田が大久保への想いを注ぎ込める最初で最後の夜だった。大久保がこの先ひとりで立ち続けていられるように、村田は彼の望むとおりに動き、大久保の寂寥を埋めようとした。
ひととおりのことが終わると村田は大久保から離れ、家の柱に寄りかかってアコーディオンを弾いた。本当は蛇皮線を弾きたかったが、これ以上大久保を過去の思い出で苦しめることはしたくなかった。蛇皮線は南の音で、彼の心を凍らせる。だから村田はアコーディオンに手を伸ばした。
大久保は布団の上にうつ伏せになって背中から長着を羽織り、ぼんやりとこちらを見ている。巴里のオペラ座で覚えた明るい曲で、村田は自分たちを慰めようとした。大久保と自分を、微かでもいい、希望で満たそうと。
それはかつての、西郷と大久保が手を取り合って築いた折に横たわったものではなく、西郷と大久保が離れ離れになってそれぞれ描くであろう未来への希望だった。
なのに
帰りたい、と無性に思う。
西郷の首が落ちて村田はそこで漸く、自分の叫びが聞こえた気がした。
帰りたい、帰りたい
―――――何処に?
渡欧していた頃の、まっさらな、大久保がアコーディオンを弾く自分を見て微笑んだ彼の背中にみえた西郷の微笑が青く拡(ひろ)がった無垢なる空へ。
「ああ、天なり」
誰からも慕われ、オ先師と崇められ、現在の日本に居場所を無くしたかつての志士らを守らんが為に、過去を振り返らず、まして未来に希望さえ抱かず、いまだけのために身を呈して自らを滅ぼすことですべてを終わりに導こうとした西郷。
誰からも嫌われ、かつての同志に臆病者と罵られたところで、国の未来が輝かしくあればそれで構わないと―――――たとえ、またとない情を自らの手で断ち切っても、ともに抱いた志は確かにあるのだと、潔癖なまでの生き様で“彼”に証するかのように生きてきた大久保。
誰が、彼らが心の奥にひた隠した悲哀を受け止めただろう。
誰が、真実彼らを愛せただろう。
それはたったひとりにしか出来ないことだったのに。離れてはならなかったのに。
否、離れたからこそ互いを求め、求めずにはいられなくて手を伸ばしたその結果、この戦を起こしたのだ。こうなると分かっていたから、西郷は東京を離れ、大久保は東京に残った。決して近寄ろうとはしなかった。一歩でも近づけば想いが故に、真正面からぶつからずには居れないから。
最初から、ふたりはふたりを解っていたのだ。
そしていまも解るのだろう。
ごろりと落ちた“彼”の首が布に包まれて紅の血を垂らしても、分かれた胴体が切られた衝撃のままに横倒しになってただの肉塊にその姿を変えても、ふたりの絆は、決して色褪せないと。
―――――すべては、ただこのときのために在ったのだ………
村田は顔を両手で覆い、立ち上がった。
遠雷が聞こえた気がした。秋雨の気配がする。
やがて降り来る灰の雫は、“彼”の血と混じって薩摩の土に染み渡るだろう。
天は西郷さぁではなく、あんひとじゃったかもしれんナ。
溢れてくる涙を拭くことすら忘れて、村田は笑いながら銃弾のなかへ身を進めていった。
飛び交う弾が頬を掠め肉を割り、首筋に零れた液体が透明から赤く染まるのが見えた。彼は両腕を広げて目を閉じ、次の瞬間に腹にめいっぱい刀を突き刺した。
そして村田は、これより降りかかるであろう大久保への遺恨のすべてを切り裂くかのようにして見事な割腹を遂げ、噴出した血のなか彼の天へと帰っていった。
*****************ひとこと****************
実はこれ、いままでカンパネラしたなかで
最も時間がかかりました。なんと一年以上(!)。
指も頭も動かなくて、ただパチ(村田)への思いに
押しつぶされて部屋の隅にうずくまり
俯いているような気分でした。
パチほどすべてを理解していた男は
いないと思います。
覆霞レイカ